事件簿
その壱

なりすましで消費者金融から金をまきあげた男

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なりすましには鉄則がある

数ある詐欺の手口の中でも一番多いものは「他人になりすまして借りる」という方法です。
「なりすまし」の中でも一番簡単且つ安易なものは、家族や身内になりすますことかもしれません。

親・兄弟にはなりすましやすい

例えば親子、兄弟であれば、生活状況や人物像をよく知っていますし、免許証、保険証などの本人確認書類も手に入れやすく、非常になりすましやすいと言えます。
実際「なりすまし」詐欺の9割は親子、兄弟になりすますケースです。
しかし家族や身内になりすまされても消費者金融としては大して脅威ではありません。
その程度の安易ななりすましをするような輩は完全に素人だからです。

親・兄弟が犯罪に巻き込まれるのを避ける

例えば娘が母親になりすましたケースでは、(なりすまされた)母親に、
「あんたの娘が、あんた(母親)になりすましてワシ等から金を騙し取ったんじゃ。
正式に貸したのなら法律の範囲内での回収しか出来へん。
が、こと騙し取ったとなるとそうはいかん。
騙したのなら法律は関係なく徹底的に追い込むことになる。
なんならお上に相談してもらってもええんやで。
けど、そしたらあんたの娘は詐欺でパクられることになりよるから覚悟しぃや。」
といった類のことを、怪しげな関西弁か広島弁かでカマしておけば、まず9割の確率でなりすまされた家族が代わりに支払ってくれます。
このためプロの詐欺師は身内になりすますような安易なことは絶対しません。
なりすますなら家族や身内ではなく、足が付かない第三者か架空の人物になりすますのが鉄則なのです。
では私が実際に取材した「なりすまし詐欺」の手口を解説していきましょう。

会社の同僚にまんまとなりすました手口とは

ちなみにこれは15年ほど前の事例です。
今回の主人公を仮にAと呼ぶことにします。
Aが騙した事件の手口は以下のようなものでした。

平凡なサラリーマンが借金のプロへ

Aは一見平凡なサラリーマンでした。
30過ぎでしたが結婚はしておらず、収入もそれなりにあり周りからは独身貴族のように思われていました。
しかし実際にはパチンコにはまって給料日には仕事帰りにパチンコに立ち寄り、週末には給料の半分近くをスッてしまうこともありました。
月末に生活費に困るとAは消費者金融から金を借りるようになりました。
給料日にすぐ返済すればそこまで焦げ付くことはありませんでしたが、Aは返済よりパチンコにつぎ込んでしまったのです。
しばらくしてAは返済が遅れるようになりました。
消費者金融から督促の電話もかかってきます。
Aは他の消費者金融から金を借りられないか探してみました。
しかし延滞しているAに融資する消費者金融はありません。

借金のプロはひらめきから

そんな時、Aはふと社内の名簿を見て、同僚の名前で申し込んでみたらどうだろうと考えました。
Aは自分の一歳年下の真面目な後輩Bに目を付けました。
名簿にはBの住所も載っています。直接消費者金融に行くのは不安だった為、来店不要のテレホンキャッシングにBの名前を使って申込みをしてみました。
AとBは同僚なのでもちろん勤務先は同じです。
申込みの際、名前や勤務先、住所等はBのものを使いましたが、もし電話がかかってきたら困るので、Aは電話番号のみ自分が契約している携帯電話番号で申込みをしました。

電話番号の相違は意外とスルーされる

ここがポイントなのですが、消費者金融は申込みを受けたあと信用情報で間違いがないかを照らし合わせます。そして申込内容が信用情報と相違ないかを確認します。
ここで住所や勤務先が異なっていれば、もちろん本人に確認するのですが、携帯電話の番号が違っていても、確認することはあまりありません。
なぜなら携帯電話の番号は、実際に変わる人も多くあまり違和感を覚えることなく見逃してしまうことが多いのです。
もちろん真面目なBは消費者金融からの融資や延滞があるはずもなく、信用情報のチェックは問題なく通りました。

本人確認書類は不鮮明なFAXで

そして契約の為、消費者金融から本人確認書類を提出することを求められた際、Aは自分の健康保険証をコピーして、名前と保険証番号を書き変えました。
このあたり多少の技術は必要かもしれませんが本物を見せるのでなければ番号を並び替える等は難しいことではありません。
素人でも加工は可能です。
同じような字体の数字を探してきて、コピーしたものは貼り付け、再度コピーしてしまえばほとんどわかりません。
さらに当時はFAXで本人確認書類を提出できたので、消費者金融側は不鮮明な画像で確認することに慣れてしまっていました。
(免許証番号や保険証番号は信用情報機関で共有されていますが、ほとんどの人が保険証ではなく、免許証を提出するので、保険証番号をいじってもバレにくいということがあります。)
また、免許証は偽造するとバレやすいので、紛失しているとして提出しませんでした。
(当時は顔写真付き身分証明書がなくても本人確認資料として扱っていました。)

在籍確認は最大のヤマ場

そしていよいよ勤務先での在籍確認です。
消費者金融では、本人が直接電話に出なくても勤務している実態があればOKとしている消費者金融がほとんどです。
その為、Aは消費者金融にBがいつも会議に出る月曜日の夕方に在籍確認を取るように依頼したのです。
Aは電話がかかってきたことに気が付きませんでしたが、どうやら職場内の誰かが応対し、Bがたしかに在籍していることを伝えたようです。
在職確認も無事通過することができました。
すべての審査が終わり、晴れてAは融資を受けられることになりました。
しかし次は実際にお金を受け取らなければなりません。
せっかくテレホンキャッシングに申し込んだのに、わざわざ店頭に顔を見せに行くのは気が進みません。とはいえ、A自身の銀行口座に振り込みをしてもらうわけにもいきません。

偽名口座は意外と簡単

そこでAはBの名義の口座を開設することにしました。かつての銀行は、大した本人確認もせず簡単に口座を作成することが出来たので、B名義の銀行口座を作成し振込みをさせるのは容易いことでした。
晴れて現金を手にしたAですが、詐欺をした不安からAは徹底的にBになりすまそうという気持ちが強くなり、なりすますための先手、先手を打ち始めます。

転居届けで郵便物を横取り

次にAはアパートの下町へ行き、古い長屋で空き部屋になっていそうな部屋を見つけました。そしてBが引っ越ししたように見せかけるため、Bの名前で「転居届」を郵便局に出したのです。
転居届けとは郵便局に届け出るもので、これを届け出ることによって一定期間、元の住所宛の郵便物を新しい住所に転送してもらえます。
もちろん無料で用紙一枚ポストに投函するだけです。印鑑も何もいりません。
後日、郵便局員が現地訪問で居住確認を取ることがあるので、勝手にその空き部屋に表札だけつけておいたのです。
これでBに怪しい郵便物が届くこともありません。

残るは契約書類の返送

Aはちょくちょく空き家のアパートのポストを確認して、消費者金融から契約書類が届くのを待ちました。
消費者金融から契約書類が届いたら、一応記入して送り返しました。
これで正式な契約となります。ちゃんと契約書類の返送もあったので、消費者金融もしばらく詐欺に気づくことはありませんでした。
晴れて現金を手にして苦境を乗り切ったAは少々心を入れ替え、しばらくの間は返済もしていました。
その為消費者金融側も何も問題視することもなく、発見はさらに遅れてしまったのでした。

合計で100万円以上を騙し取る!

しかしお金はすぐに無くなっていきます。
結局味を占めたAは、この手口で複数の同僚の名前で借入れを起こしました。
後にこの事件が発覚したのは、返済が遅れている客に督促をした際、借入れを否認する客が続出して、それら全て同じ会社の人だったということからです。
実は私が以前働いていた消費者金融が融資をしていたため、偶然知ることになったのですが、借入れを否認している客は全員で3名いました。顧客の中で、その会社で勤務していた客は過去も含めて4人でした。
その中で唯一否認していない(連絡のつかない)1人の客は、すでにその会社も退職していて現在、行方不明で貸し倒れになっているような状態の者で、それがまさにAでした。
この事件の概要は、否認している同僚からのヒアリングや郵便局などに問い合わせをして、ようやくわかったのですが、消費者金融は、結局Aを捕まえることは出来ませんでした。
もちろん借入れを否認している顧客には、契約を取り消し信用情報からも抹消せざるを得ませんでした。

犯人は未だ捕まらず

この事件は結局未解決のままA逃げ切られる結果になってしまいました。
小口とはいえ、すでに貸し倒れとなっているAの借入れ分も含め、その会社だけで100万円強の金額を騙し取られてしまう結果になったのです。
私は取材した立場上、元の勤務先には何も話しはしませんでしたが、その後私がいた会社では、同じ勤務先からの申込みが続いていないか常にチェックするようルールが決められたとのことです。
はっきりは言いませんでしたが、おそらくAは他の消費者金融からも同様の手口でお金を騙し取っている様子でした。
また今も新しく就職した会社で、同様の手口で同僚になりすましお金を騙し取っているかもしれません。

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