事件簿
その四

借金ごときで死んでたまるか!

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消費者金融街

真面目で思い詰める人は借金すべからず

昔からの借金取りの決めゼリフに、
「借りたものをきちんと返すのは小学生でもわかる道理だろう!」
なんてものがありますが、こんなセリフを真に受けて恐れ入ってしまうような人は、はなから借金をする資格のない人です。

海千山千の金融業者と駆け引きするには、
「こちとら金がねえから払えねぇんだ。どうしてもってなら、煮るなり焼くなり好きにしてみろぃ!」
と江戸っ子よろしく、いざという時にはケツをまくって居直ってみせるくらいの“跳ね腰(ガッツ)”が絶対に必要なのであります。

いよいよとなった時、明暗を分けるのはこの“跳ね腰(ガッツ)”が有るか無いかです。

今回は私が強くそう思うに至ったある出来事について話してみたいと思います。

街金には似つかわしくない客

これも私が街金融で駆け出しの店長をしていたときの話です。

その店の顧客にK氏という50代後半の男性客がいました。
私がK氏と初めて会ったのは、私が店長として赴任したばかりの頃で、前任の店長から引継いで紹介されたのがきっかけでした。

K氏は身なりもしっかりした紳士で、本来、街金融のお世話になるタイプには見えなかったので強く印象に残りました。

紹介されたとき既にK氏は重篤な返済不能状態に陥っていました。そして返済は出来ないものの、月に2度ほどは誠意を示しに来店し、その都度利息にも足りない数千円ずつを申し訳なさそうに返済していくのでした。
前任の店長からはこっそりと、
「この人は、返済は出来ないけれど従順な人だから、なんとか上手くカタにはめて回収してやってください。」
前任者は「あとは任せた」といった感じですっかり他人事のようでした。

K氏は返済出来ない後ろめたさもあったとは思いますが、当時30代前半だった私に対しても丁寧に頭を下げ、礼儀を失しない対応をする真面目な方でした。
聞けばK氏は30年ほど勤めた勤務先を50歳目前で退職し、一国一城の夢を描き知人と共同経営で会社を立ち上げたそうです。
しかし素人経営はなかなか上手くいかず、すでに私と出会った頃のK氏は、働いても働いてもほとんど給料が取れない末期状態にありました。

可哀想なK氏は私の前任の店長に、さんざんいじめられたようですっかりしょげ返っている様子でした。

当時私の会社からK氏に融資していたのは、自宅不動産を担保に残額ざっと200万円くらいでした。しかし不動産担保とは名ばかりで、一番抵当権者である銀行の住宅ローンの残額が大きく、不動産の評価額からしても後順位抵当権者である我社に配当が回ってくることはとても考えられません。

K氏のようなおとなしい性格の人は金融業者からすれば実に付け込みやすいタイプです。
K氏が「払えないものはどうしようもない」と居直るような人であったら、金融業者としてもそれ以上正直打つ手はなかったでしょう。

果たされなかったK氏との約束

私はK氏との面談の中で何度か債務整理を勧めました。
本来、利益相反になるので公言は出来ませんが、私の会社が懇意にしている法律事務所もいくつかあったので、そこを紹介して債務整理をしてもらうことも可能でした。
(但し、紹介やアドバイスをする代わりに我が社からの借金は債務整理から除外することが条件です。)

しかしK氏は私からの債務整理の提案をなかなか受け入れようとはしませんでした。
K氏は債務整理や自己破産をすれば、自宅不動産を手放さなければならないと思っていたからです。

しかしこのK氏の認識は実は大間違いなのです。
債務整理の中でも「個人再生」という手続きをとれば、整理から住宅ローンを除外して持ち家を手放さずに済むことも可能になります。
しかも他の借金は元の金額の8割ほどがカットされ大幅に借金が減額できることを私は知っていました。

但し私はこの時点でK氏に個人再生について詳しく話はしませんでした。
この時点で下手にK氏に知恵をつけると、私の会社からの借入れも債務整理されてしまう可能性があったからです。

お金を貸している側としては、自分の会社への返済が何よりも重要です。私を信じて私の提案に乗ってくれるという確証が完全に持てない限り、こちらも必要以上の知恵を付けることはありませんでした。

K氏は私からの債務整理の勧めを丁寧に断った後、こう述べました。
「会社の売上も徐々に伸びてきているんです。一緒に経営している仲間も私が給料をほとんど取っていないことを知っています。今度の夏には私にもボーナスを出してくれると言っているので、どうかもう少しだけ待って下さい。」

しかし、約束の期日が過ぎてもK氏からの入金はなく、それどころか連絡すら途絶えてしまいました。

やむなくK氏の自宅を訪問すると奥さんらしき女性が出てきて、K氏が突然亡くなったことと、また借金の整理や相続に関しては弁護士に依頼していることを告げられました。

奥さんは詳しく話しませんでしたが、私には瞬時に「自殺」だとわかりました。
おそらく、あてにしていたボーナスの支給も受け取れず、進退きわまったのでしょう。
自宅を手放し、露頭に迷うことになることを家族にも言えず、悩んだ末、自ら命を絶ったものと思われます。

事態は急展開

その後、K氏の同居家族は弁護士を通して、「限定承認」という相続方法をとりました。
これは、相続で得た財産の限度でのみ、亡くなった人の借金を弁済するというものです。

この場合、K氏の不動産の売却代金の範囲内でK氏の借金を返済するということです。
家族は引っ越しをしてK氏の自宅は実質空き家状態になっており、後は不動産の売却を待つばかりといったところでした。

私の会社には、評価額からしても配当が回ってくる見込みはなく、「抵当権を解除してやるから解除代をよこせ!」とゴネれば、不動産を通してせいぜい20~30万円でも回収出来るかという程度でした。

しかしその1年後、事態は急展開することになります。

なんとK氏宅の近隣に大型ショッピングモールの建設が計画され、運営企業が近隣の土地の買収を進め始めたのです。

ショッピングモールの建設上、K氏の所有していた土地はどうしても必要な土地だったため、住宅ローンの残額どころか、後順位の抵当権者にまで満額配当して、おつりがくるぐらいの額の提示があったようです。
おかげで私の会社の債権は、3年間分の延滞金も含めて文句なしの満額回収を図ることができ、それどころかK氏の家族にも幾ばく以上のお金が渡ることとなったのです。

K氏が生前にこの顛末を知っていれば、おそらく自ら命を絶つこともなかったでしょう。
「借金ごとき!」の精神で生き抜いていれば、人生を一発逆転できたのです。

私は不良債権を満額回収出来てホットした反面、今ごろK氏が草葉の陰でどんな思いでいるのだろうかと考えると何とも切ない気持ちになりました。
そして心の中で呟きました。
「Kさん、家族に財産残せてよかったね。そやけど死んだらどうにもならんやん・・・」

死んでたまるか!

金融業界に身を置いているとK氏のように「借金苦」で自ら命を絶ってしまう人を少なからず目の当たりにすることがありますが、そのような人の大半は真面目で思い詰めるタイプの方でした。

長年、借金取りをしてきた私が言うのもなんですが、借金ごときで死ぬことは絶対にすべきではないのです。
金融業者との約束を守れなくて、ウソつき呼ばわりされようが、粘り強く生き延びてさえいれば、一発逆転する機会もやってくるものです。

K氏のこの出来事は、金融業界から足を洗った今でも私にとって最大の戒めになっています。

そして絶体絶命の苦しい時にはボソッと呟いてみるのです。
「銭ごときで死んでたまるかい!」

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